男の子は言葉が遅い?それでも気づかなかった違和感
うちの子は、よくしゃべっていました。とはいえ、意味のある言葉ではなく、宇宙語のような自分語。
それでも、「男の子は言葉が遅いって言うし、こんなもんかな」と思っていたし、周囲の子とあまり比べることもありませんでした。
育てにくさも、そこまで感じていなかった——というより、それが「育てにくさ」だとは思っていなかったのかもしれません。初めての子育てだったので定型の発達というのもさほど意識していませんでした。
でも、1歳半健診で“指差しができない”と指摘されたことが、私の中で大きなひっかかりになりました。
なんとなくモヤモヤがはじまり、そこから私たちの“気づき”がスタートしました。
誰に相談すればいいの?最初の一歩
健診の帰り道、私はスマホで「発達 遅れ」「1歳半 指差しできない」などと検索をはじめました。
保健師さんから様子見との案内を受けました。
ですが、不安な気持ちがなかなか拭えなかったので、その日のうちに市内にある療育施設に問い合わせ、翌週には体験・見学に行くことができました。
正直、「待っているだけじゃダメだ」と思いました。
誰かが判断してくれるのを待つよりも、自分で情報を取りに行くことのほうが安心できたからです。
見学した施設では、子どもの様子を丁寧に見てくれ、「発達に少し特性があるかもしれませんね」と穏やかに話してくれました。
そのとき初めて、「療育」という言葉が自分ごとになり、少しずつ現実を受け入れる準備が始まったのを覚えています。
このとき初めて「療育」「療育手帳」という言葉を知り、「療育手帳」がなければ教室に通えないということを知りました。
※自治体により変わります。
診断までの流れと心構え
「診断も受けてみよう」と思った私は、保健師さんに相談し、ASDの診断ができる病院に予約を入れられました。
でも——そこから実際に診断を受けられるまで、約1年待ちました。
何もしないでその1年を過ごすのは不安すぎて、私は5件ほどの療育施設を見学しました。
支援を受けている子ども達の様子をみたり、私自身も発達について学んだりすることで、「できることはある」と思えるようになりました。
ただし、実際に見学した療育施設の中には、「診断がついてからでないと通えません」と言われる場所もありました。
そのたびに、「早期発見、早期療育というのになぜ進めない?」という不信感や、「でも、待つしかないんだよな…」という気持ちで右往左往していたのを覚えています。
診断の一ヶ月前には児童発達支援センターの相談員の担当を決めてもらいました。
診断はゴールではなく、スタートの準備の一つ。
でも、スタートラインにすら立てないようなもどかしさ・憤りを感じたのも事実です。
だからこそ、“今できること”を探し続けた1年だったと思います。
仕事の都合で診断がおりてから療育施設の見学をするのは難しいです。
2週間に1回ほどのペースで見学をしていました。
診断を受けて思ったこと、これからのこと
1年後、ようやく受けた発達検査の結果は「ASD(自閉スペクトラム症)」。
私はショックでした。
「やっぱりそうか」とは思えなかった。むしろ、「違っていてほしかった」と思っていた自分に気づいて、自分の子どもに偏見の目を向けていたことが、何よりつらかったです。
「まさか自分の子が、、」
「どうやって育てていけばいいのだろう、、」
——そんな無意識の気持ちを、私はどこかで持っていたんだと思います。
でも、そこから目を背けずに見つめ直したことで、ようやくスタート地点に立てた気がしました。
今も模索の連続だけれど、「この子らしく生きられるように」という軸を、大切にしていきたいと思っています。

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